表現アーツで学ぶエコセラピー 継続コース 1期

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静寂

静寂を求めてリトリートに行く人たちがいることは知っています。でも、私は違います。私が代わりに何をするかと言うと、私の心の中にある静寂の深部に注意を払いながら、外の世界に旅をします。時々、静寂は、結果として現れるものです。でも、私にとっての静寂とは、何かをしている最中に、それでいいんだよと思える時に、その中から現れてくるものなのです。

受け止めること

燃え尽き症候群。誰もが燃え尽き症候群にかからないようにしようと話しています。そのために役立つ方法が一つあります。それは、誰かを追い求めようとする努力をあまりしないことです。特に、私たちのように、誰かを助ける立場の仕事についている人たちは、そうすべきです。受け止めること。多くの人々は、自分を見て欲しい、自分の言うことを聞いて欲しいと望んでいるに過ぎません。そして、私が感じるには、彼らが提供してくれているものは、あなたの中に根をおろしていきます。それが、即ち、あなたが彼らを受け止めたということになるのです。彼らはまさに、それを望んでいるのです。受け止めること。

リラックスしてみてください。あまり追い求めようとしないこと。それでいいのです。

それって、クリエイティビティーなんでしょうか?

私自身、実際、クリエイティブであることは、それほど必要ではないと思います。それよりも、「好奇心を持つ」ということが必要だと思います。オープンになることも必要です。そして、マインドフルになることも。好奇心をもち、マインドフルでいることで、次に何かが起こる、その瞬間に応えることができます。つまり、クリエイティブになろうという努力をしなくても、素敵な瞬間を創造することができるのです。リラックスしてください。矢の先端に身を置いて見ましょう。反応しましょう。そして、最終的には、自分が、かなりクリエイティブになれていたんだということに気付くでしょう。

あなたは本当に内気なんでしょうか?

内気な人に会った時、私は、心理的な言葉を、もっと現象論的な言葉に置き換えてみます。仲間とはどういう人たちなのか。彼らには、私が敬意を払いたいと思う、のんびりさがあります。彼らは、ただ、ほんの少し、ほかの人たちよりもゆっくりと時間をかけて、私に会いに来てくれます。そして、誰かが言います。誰か、外交的な人はいますか、と。私自身、内気さに気付く時、ただ少しテンポを落としてスローダウンしてみると、実際に、それが自分の内気さだというふうには感じなくなります。

 

喜んで、スローダウンしてみましょう。

笑っている姿のみの動画

笑いは癒し。最近、笑っていますか?

死は、流れの中の一部です。

私がいつも大抵、ハッピーでいられる理由の一つは、私が、死というものと良い関係を保てているからだと思います。死とは、単に、流れの一部分にある複雑な部分だと感じています。終末や移り変わり、そういったものはすべて、創造的な過程の一部のようなものと言えます。私たちは、時として、見えなくなったり、又、見えるようになったりする、死という現象に対して、多くの言葉を見つける必要があると思います。

集中すること、対、焦点を当てること

1日に、多くのことをする必要があるように見えます。でも、私は集中の度合いを変えたりしません。

 

料理をしている時や妻と話している時、交差点を横断する時の方が、より集中しています。それって実は焦点を当てているということなんです。自分の中で起こっていること、私自身と周りの人たち、そして、私の周りで起こっていることに焦点を当てることなんです。何であれ、自分が今していることに対して絶えず焦点が変わるということが好きなんです。

安楽の喜び

幸せと安楽さとの間にある相互関係。楽だ、ということではなく、安楽。ありのままの私自身に命を与える安楽さ。私は、自分自身がありのままでいることを、生まれつき、とても喜ばしいことと感じています。そして、何度も何度も、ありのままの私自身が命そのものだということに幸せを感じています。

時々、Love(愛・愛する)という言葉を、何か私がすること、即ち「動詞」だと体験します。でも、多くの時間、それは、私自身に過ぎないのです。愛とは、即ち、私の存在です。そして、その私の存在をどのようにして誰かに与えるのか、それが即ち、愛するということなのです。私自身の中に命があります。だから、私は、常にオープンで明確でいられるようにしてくれる、自分の能力に磨きをかけます。それが私なのです。愛は、私自身の中に命を与えてくれます。マーカス。

多分、あなたは抵抗しているわけではありません。

私は、心理学的な言葉遣いよりも、現象論的な言葉遣いを楽しみます。例えば、誰かが抵抗していると責められている時、私は彼らを見て尋ねるでしょう。本当は一体、何が起こっているの?と。そして、ほとんどの場合、私の観察によると、彼らはただ、まだ準備ができていないだけなのです。

明瞭さを創造すること

私は明瞭さが好きです。むしろ愛していると言ってもよいでしょう。そして、誰かが、明瞭さを求めていると言うことを理解できます。でも、それだけでは実際、訳に立ちません。明瞭さはまだ創り出されていないのです。つまり、探し求めているだけでは、見つけられないのです。だから、明瞭さを創造しましょう。何が、あなたにとって明瞭でないかを見極めましょう。そこにとどまり、その過程を他の創造的な過程と同じように楽しみましょう。明瞭さを創造しましょう。

友情

人生におけるもっとも大きな冒険の一つで私にとって大切なものは、友情という冒険です。つながりの深部に親密さがあります。私は、それに依存します。私にとって友情とは、健康的な依存なのです。私自身、友人に依存します。それは私にとって必要不可欠なことです。

攻めない力

攻めない力は美しいものです。私の身体は、いかなる形式のものでも、強制される力を好みません。

でも、あなたが、それが真実だと知っている、立ち上がる力は好きです。その力は、信じられないほど健康的で、養ってくれる、なくてはならないものです。強制される力に気を取られないようにしましょう。

でも、あなたにとって情け深い力となるものとのつながりを強化しましょう。

あなたができることをやりましょう。あなたができる最善のことをするという努力をやめた時、どうなるのでしょうか?

私は最善を尽くします、と友人や同僚たちが口にするのをよく聞きます。でも、私にとって、その表現はどうもしっくりこないのです。その表現には、なんらかの不要なプレッシャーが隠されているようで、私にとっては有益だと思えないのです。ただ、あなたができることをすればいいのです。そうすることで、あなたは解放され、もっと広範囲な場所で活躍できるようになります。ただ、自分ができることだけをすれば、それが最善なことなのかどうかを判断する必要もなくなります。

助けること、対、役に立つこと

結婚してまだ間もない頃、私が誰かの助けになりたいと言うと、妻がそれを正してくれました。彼女いわく、あなたを観察している限り、助けになりたいというよりも、役に立ちたいという気持ちの方が強いと思うとのことでした。このことは、私に大きな影響を与えました。それ以来、当時から何年も経った今、私が言えることは、役に立つことを提供してあげられるように、ほとんどの力を尽くしなさい、そして、助けになろうとするための努力はしないように、と。

探求することは楽しいですか?より狭い範囲の中ではどうしていますか?

私は探求することが好きです。そのことは、私の人生を、何かを発見しようとする欲求を持つよりも、さらに良いものにしてくれました。そして、この遊び心に満ちた探求の過程において、どれだけ多くのものを見つけたことでしょう。私は、めったにアドバイスを与えません。でも、もしアドバイスをするように求められたら、ただ、探求することを心底、楽しむようにと言うでしょう。編み物をしている手を止め、何かを発見しようとしてみてください。多分、思いのほか多くのものを見つけることができるでしょう。

あなたを動かすものは何ですか?

私はいつも何かによって動かされています。でも勢いを必要とする目的のために動かされてはいません。どちらかと言うと、その目的がもつ意味に対する愛情によって動かされています。それは、私を成長させてくれます。もしあなたがしていることが、あなた自身を成長させてくれないのなら、やめましょう。目的によって動かされるということが、あたかも素晴らしいことのように言われていますが、それは、実は誤解なのです。

 

リラックスしましょう。なぜなら、あなたが何かをしているという、その意味は、実はそれほど十分なものではないからです。

注意を払うこと

誰かが、私に、休憩することってあるんですか、と尋ねた場合、私にとってその質問はあまり意味をなしません。私にとってそれは、楽しむことをやめましょう、流れをとめましょう、意識の進化を楽しむことをやめましょうと言われていることに等しいのです。だから、私は休憩することをすすめません。あなたは何から休憩したいのですか? ダイナミックス(動きの勢い)に注意を払ってみてください。時にそれは、より動きを活発にし、時にそれはより静かになり、時にそれは前に進もうとし、時にそれは、静止します。あなたの人生のすべてのダイナミックスを、ただただ楽しんでみてください。

不安とプレッシャー

私はプレッシャーが好きです。なぜプレッシャーが好きかと言うと、不安とプレッシャーとが混同しないようにできたからです。不安は好きではありませんが、プレッシャーは好きです。プレッシャーがあると、その時々に対して、よりイキイキと参加しやすくなり、集中もしやすくなるからです。私の神経系統がプレッシャーを好きなんだと思います。私は、誰にでも不安がある時は、そのパターンの中に肝心なものを見つけるように勧めます。あなたを不安にさせるものをパターンの中に見つけることです。そして、プレッシャーを好きになってください。それは、完璧主義者になろうとせず、素晴らしさを好きになり、プレッシャーと共に生きるようなことなのです。

完璧さ

私にとって完ぺきだと感じることは、いかなる瞬間でも、全体を感じるということと同様なのです。それは、私にとっては、何かを完成したという、水平的な直線状の道程ではありません。それは、そのすべての中で、もっと球体的な道程の中で、私自身を感じるようなことです。その完璧さは、常に変化し、また、増えていきます。でも私は、いかなる時でも、完璧な現象を体験できるのです。